お屋敷ブログ

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過去短編

佐藤さんが執事になるまでの話

 

 ――ご主人様はあの日の事を覚えていますか?
 私はダンボールの中にうずくまって、寒さをしのぐため新聞紙に包まっていたのです。
 そこを歩いて来たご主人様は、私を一瞥するなりこう言いました。
「邪魔だから家の中に入れ」と。
 その頃の私と言えば、高校を卒業して就職した会社が一年で潰れ、家賃が払えなくなり、アパートを追い出され、行く当てもなく街をさ迷っていました。病気の母親を置いて都会に出てきた事に罪悪感のあった私は、家族に無職になった事を伝えられず困り果てていました。頼りになる友達はその時一人も居らず、親戚も近くにはいませんでした。
 本当は、その気になれば誰かに助けてもらえたのです。でもなぜでしょう。その頃私は人に簡単に頼りたくないというプライドがあったのです。簡単に言うなら……つっぱっていたのです。ぷぷっ。
 私は高級な住宅街を毎日うろつきました。こんな家に住みたい、こんな家に住める人間とはどのような者なのかと、変質者のように観察しました。
 私の家は犬小屋のように小さく、汚い家でした。私はある日自分の家を眺めて、両親と兄にこう言いました。
「ここ……もしかして犬小屋じゃね?」
 父親にぶん殴られ、母親は大泣きし、兄は大爆笑しました。
 もうここにはいられないと思い、私は一人、都会に出ました。

 高級住宅街巡りを続けるうち、英国貴族が住んでるような豪邸が山奥にあるとの噂を耳にしました。これは行かなくては、と思い私は山に入りました。
 そのお屋敷を見つけた途端、ここに住みたいという気持ちが強くなりました。そしてまた変質者のように、屋敷の回りをうろつきました。夜になって寒くなったので、捨ててあったダンボールと新聞紙を持って、屋敷の門の横で眠りました。
 今思えば、すでに私の頭はおかしくなっていたのでしょう。空腹と裕福な者への憎しみの感情で、心が澱んで黒くなっていたのでしょう。何かに復讐したくてたまらなかったのでしょう。
「邪魔だ。家に入るか、警察に行くか。どっちだ」
「家」
 私はご主人様の言葉に即答しましたっけ。もう、本当は入りたくってしょうがなかったんですよ。
 私はメイドに案内され、大きな部屋に入りました。長いテーブルの向こうにご主人様が座って、こちらを見ています。
「なぜあそこで寝ていた? 嫌がらせか?」
「……」
 私は言葉を必死で探します。でも、なんと言えばいいのか分かりませんでした。
「この屋敷が素晴らしかったので」
 絞り出すよう言いました。するとご主人様は大笑いし、
「名前はなんて言う?」
「佐藤ひろし」
「年は?」
「十九です……」
「仕事は?」
「してません」
「うちの執事をやるか?」
「ええっ。なぜ……」
「君はかなりの美形だからな。子供達が喜ぶ」
「……え?」
「うちの娘は十才なんだが、人の顔にはうるさくてね」
「はあ」
「ちょーイケメンの執事を雇えと、うっさいんだ」
「……」
「もちろん何を言ってるんだと怒ったのだが、お父様も顔でメイドを選ぶでしょ? と言われて反論できなくてね」
 ご主人様は困ったようにぼりぼりと頭を掻きました。私はまたと無いチャンスだと感じ、すぐにご主人様の前に行って、土下座しました。そして叫びました。
「ここで、働かせて下さい!」
 家族は皆死んだなど出鱈目なことを言って、私はご主人様を納得させ、その日から住み込みで働かせてもらえる事になりました。ご主人様は私にありったけの豪勢な料理を振舞って下さいました。私は今までの空腹を満たすため、犬のように料理に食らいつきました。
 その後、用意してもらった上等な燕尾服に着替えました。まるで別人のように威厳が漂ってくる気がして、私は鏡を何度も覗き込み、ニヤニヤしました。シンデレラの気持ちがその時なら理解できると思います。もちろん魔法使いはご主人様――
 ご主人様から家族を紹介されました。綺麗な奥様。長男で十三才の明澄(あずみ)様。長女で十才の繭美様。そして次男。五歳の羽純(はずみ)様。
 三人のお子様はとても可愛らしい顔でしたが、皆性格は酷いものでした。
「初めまして。これからお世話になります。佐藤ひろしです」
 私が頭を下げると、繭美様に額を引っ叩かれ、
「さとー! 真ん中わけにしなさいよッ じゃないとダサい!」
 明澄様は私を顎でしゃくり、冷たく言います。
「ずいぶん若いけど使える奴だろーな?」
 正直、後で『おしおき』だなと思いました。私はご主人様に絶対に見つからないように、この子達に嫌がらせしてやろうと、そればかり考えていました。
 夜になって、私は綺麗な部屋に案内されました。そこはシャワーもトイレも付いた、使用人用の部屋でした。
「今日からここで暮らすんだ。明日はとりあえず私の仕事について来てもらうぞ」
 そう言ってご主人様は、部屋を出て行きました。
「よっしゃあああああーっ」
 私は一人ガッツポーズをし、飛び跳ねました。
 もう食いもんに困らない! 金持ちの仲間入りだイエ――!!
「シツジ……」
 その声にハッとして振り返ると、ぬいぐみるを抱えた羽純様が立っていました。どうしてこんなところにいるのでしょう。
「シツジ。トイレ」
 ええー?
 彼はまだ五才。たしかに子供です。しかし、トイレに一人で行けない年齢には思えません。
「一人で行きなさい! めっ」
 私は先ほどの子供達の印象があまりに悪かったので、ついそんな風に答えてしまったのです。すると、
「シツジ……死ねっ」
 羽純様は泣き出しました。わーんわーんとうるさくてしょうがないので、私は自分の部屋にあるトイレの中に放り込みました。しばらくして羽純様が、すっきりした顔でトイレの水音と共に出てきました。
「自分でトイレくらい行かないとダメだぞ」
 私は羽純様を注意しました。羽純様は私の言葉をまったく聞かずに、
「シツジ。あそぼ」
「今何時だと思ってるんだっ!?」
「あそぼ。ぬいぐるみごっこ」
 羽純様はうさぎのぬいぐるみをズイッと私に見せつけます。男同士でぬいぐるみごっこは流石にやばいだろうと思い、できるだけ優しく首を振ります。
「別の遊びにしないかい?」
「お前は執事だ! ゆーこと聞け!!」
 羽純様は怒って頬をふくらませました。私は厳しくしようと思い、本音を言ってしまいました。
「私は貴方の執事じゃありませんよ? ご主人様の執事です。勘違いしないで下さいね」
 すると羽純様は目を潤ませ、顔を真っ赤にし、悔しそうに部屋を出て行きました。
 ちょっとキツイ言い方だったか……。
 
 次の日、私がご主人様の靴紐を結んでいると、羽純様が現れて足を突き出してきました。
「おい!! 僕のも結べ!」
「……」
 仕方なく、私は羽純様の靴紐を結んであげました。
「執事。一緒に遊べ」
「今日はこれからご主人様と一緒に、お仕事に……」
「遊ばないとクビだ!」
「!?」
 私が唖然としていると、ご主人様が羽純様の頭を思い切り叩きました。
「わがまま言うな! あっちに行け!」
 私はその行為に驚きました。子供の頭をあんな風に……。
「うわあああ~ん」
 羽純様は痛かったのでしょう。もう大泣きです。泣き声がうるさいと、ご主人様はさらに羽純様の頭を殴ろうとしました。
「待ってください! 私も遊びたいです!」
 私は羽純様の頭に覆いかぶさりました。ご主人様は、はあ? という顔をした。
「遊んでる場合か。君には早く仕事を覚えて……」
「お願いです! 今日一日羽純様と遊ばせて下さい! 仕事より家族の皆さんと早く仲良くなりたいです!」
 私は必死でご主人様に跪きます。ご主人様は、肩を竦め「勝手にしろ」と言い、さっさと仕事に向かってしまいました。
「……さ、遊ぼうか」
 ご主人様の車を見届けたあと、私は羽純様の頭を撫でました。すると羽純様は甘えるようにギュッと私に抱きついてきて、こう言いました。
「ありがと……」
 その時まで、子供なんて大嫌いでした。でも――
 羽純様の純粋な笑顔を見ると、子供も悪くない。そんな風に思えてきたのです。
「こっち来て。執事、お喋りしよ」
 羽純様は私のスーツの端を掴んで、自分の部屋に連れて行きました。
「坊っちゃん。執事じゃなくて、名前の……佐藤と呼んで下さいよ」
「やだ。嫌いな家庭教師の名前が佐藤だもん」
 羽純様と私はソファーに並んで座りました。
「僕のこと、誰も相手にしてくれないんだ」
「え? 兄弟で遊ばないの?」
「みーんな仲悪いもん。ぴーりぴりしてるもん」
 たしかに、仲の良い家族には見えないな……。私は頷きます。
「ね、執事。執事は僕のゆーこと聞いてくれないの?」
 羽純様はきっと寂しいのでしょう。私の腕を力強く掴みます。
「……執事は、主のモノですから」
 私は少し笑いながらそう答えしました。実際、ご主人様に感謝していた私は、彼のためなら何でもしようと決めていたのです。すると羽純様は私に擦り寄って上目遣いでこう言いました。
「僕がアルジになれば……僕の執事になってくれる?」
 潤んだ瞳に、ちょっとときめいた自分を殺したくなりました。
「ええ。なってあげますよ」
「……それはいつ? 僕はいつアルジになれるの?」
「いつか……」
 心地よい日差しが部屋に差し込んで、私達はいつのまにか、眠っていました――ソファーに私が横になって、羽純様を抱きかかえるように。知らない人が見たら、とても仲の良い二人に見えたでしょう。
 羽純様が、私のご主人様になるのはいつなのでしょうか。もしかすると、そんな日はこないのかもしれません。
 でも、私は約束を忘れないでしょう。いつか……私が貴方の執事になって、そうすればもっと仲良くなって、信頼関係が生まれて、楽しいかもしれませんね。
 でも、その時までは、申し訳ありません羽純様。
 ――私はご主人様の下僕なのです。







   

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